日本でもプログラミング教育が必修化されることを受けて、カリキュラムについての関心も高まってきています。今回は海外先行事例としてスウェーデンの小学校でプログラミング教育改革に取り組み、教育番組まで制作した一人の教師をピックアップします。
生徒と教師のための教育番組「PROGRAMMERA MERA!」
まず紹介したいのは、2017年から放送されている「PROGRAMMERA MERA!(もっとプログラミング)」。教育に特化した公共放送局であるUR(Swedish Educational Broadcasting Company)の番組です。
番組は9歳以上が対象。各回15分となっており、毎回3人の小学生がゲストとして参加し、番組の進行役でもある先生が出題する課題をクリアしながら知識を身につけていきます。
次の表を見てもらえると、さまざまなテーマが取り上げられていることがわかると思います。アルゴリズムやループ、条件制御といったプログラミングの基礎知識から、セキュリティやソーシャルネットワーク、ロボットなど、プログラミングの結果生まれるサービスの仕組みやその中における課題について学びます。コンテンツはラジオ番組、視覚障害者向け、手話などでも提供されています。
テーマだけ見ると、主に小学4年生から6年生が学ぶ内容より高度なものに感じるかもしれません。しかし、番組の中ではゲームやクイズを解くように、楽しそうに学ぶ子どもたちの姿が印象的です。
ここで特筆すべきは、子どもだけでなく、教師向けの番組も同時に配信しているところです。小学校の教師はプログラムの専門家ではありません。それは日本だけでなくスウェーデンでも同じです。そのため子どもたちに教えるだけでなく、教師をサポートすることも重要です。このように、番組シリーズ全体を通じてプログラミング教育の現場を支援しています。
一人の小学校教師がはじめたプログラミング教育改革
「PROGRAMMERA MERA!」を制作、出演までこなしているのが、小学校教師、カーリン・ニーゴード氏です。
ニーゴード氏は大学卒業後、ストックホルム市内にある公立小学校の教師をしてきました。他の教師と同様全学科を教えていましたが、プログラミング教育のために用意されていたカリキュラムに疑問を感じはじめます。この方法で、本当に子どもたちはプログラミングに興味をもち続けられるだろうか。
そこで、まず自ら学んでみることを選択します。2013年にプログラミング講座を受講。自身の学習体験を踏まえながら、新しいカリキュラムを作成しました。
しかし、当時働いていた公立小学校では、実績がないものをオフィシャルに採用できないと判断されてしまいます。そのためニーゴード氏がとった手段は「内緒でカリキュラムを使ってみる」ということ。担当クラスの生徒たちと授業を進めていくうちに、周囲からもその成果が評価され、ついにはオフィシャルなプログラムに採用されることとなります。
現在、ニーゴード氏のカリキュラムはスウェーデン国内の多くの小学校で採用されており、国外からも注目を集めています。彼女自身は現在も私立小学校の非常勤教師を務めながら、執筆や講演などの活動を行なっています。他にもテクノロジーを楽しむためのアフタースクールとして「Geek Girl Mini」を展開するなど、子どもたちがものづくりやプログラミングに触れる機会を増やし続けています。
学校の外に広がりつつあるプログラミング教育
ストックホルムに滞在中、市内のスーパーで牛乳を手にとると、パッケージの裏にイラスト付きのコラムが掲載されていました。ニーゴード氏が執筆したコラムです。
登場人物はテクノロジーに貢献してきた女性たちです。セキュリティ分野のエキスパートであるアンマリー・エクルンドレーヴィンダー、女優でありWi-FiやBluetoothにつながる技術を発明したへディ・ラマーなどが掲載されています。
ニーゴード氏は、「彼女たちの貢献はもっと話題にされるべき」と言います。「キッチンで牛乳パックを手に取ったとき、ふと目に入る。朝食やフィーカ(お茶)のときに思い出して話題に上る。親子の日常会話にテクノロジーが登場するのって楽しい」
この取り組みは、メーカーからの提案だったとのこと。牛乳パックに広告を載せても見てもらえないので、消費者にとって意味のあるものを掲載したいという試みだったそうです。一年半続いた取り組みはこの冬で終了とのことですが、スウェーデン国内でプログラミング教育への関心が学校を飛び出し、各家庭の食卓にまで広がりつつある事例だと思いました。
ニーゴード氏本人にインタビュー
今回、ニーゴード氏本人から「PROGRAMMERA MERA!」が誕生するまでの経緯と、彼女自身のプログラミング教育にかける情熱について聞くことができました。
プログラミング教育は子どもだけのためのものだろうか、という質問を投げかけてみたところ、「私はそうは思わない。誰にでも楽しめるものだと思う。たとえばアドベントカレンダーとして作成したシリーズには、私の父が出てるのよ」と言って、番組を見せてくれました。そこには、課題を一緒に解いていく人物として、ニーゴード氏の父親が登場していました。
興味をもってプログラミングの世界とつながり、身近な家族や友だちと小さな課題を解決しながら、その成功体験を持って実社会に目を向ける。そんなテクノロジーと日常の連続性を大切にしている教育者の姿がそこにはありました。