「フィンランド人は午後4時には仕事が終わる」という日本ではにわかに信じられないような情報が飛び交っています。実際のところはどうなのでしょうか?実際にフィンランドの先生宅にホームステイした経験のある筆者が、日本とフィンランドの「仕組み」と「文化」の違いに迫ります。
フィンランドでは、先生も午後4時に仕事が終わるのか
日本テレビ系列で毎週土曜日の夜に放送される「世界一受けたい授業」でも取り上げられた、フィンランドのワークスタイルを紹介した本『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ社刊)を読みました。
インターネット上では「本当かどうかわからない海外の情報」は入り乱れています。しかしながら本書の著者である堀内都喜子さんは、フィンランドの大学院を卒業して、フィンランド系の企業で働き、現在はフィンランド大使館で働いているという経歴をもっています。
知識だけでなく豊富な実体験とともに、フィンランドの文化や生き方、働き方が紹介されている本書は、立命館アジア太平洋大学の学長、出口治明先生も推薦するほど。
本書では、「多くのフィンランド人は、午後4時ぐらいには仕事を終える」ということが、文化や習慣の紹介とともに書かれています。しかし当然ながら、すべての職業に関して紹介されているわけではありません。たとえば日本では、数ある職業の中でも定時に帰りにくいことで有名な「先生」という仕事は、本書のタイトル通り、フィンランドでは午後4時に仕事は終わるのでしょうか。
私がフィンランドに滞在したのはトータルで6ヶ月程度ですが、複数の都市で20校以上の学校を訪問して、小学校の先生の家にホームステイした経験をもっています。合計で100名近くのフィンランドの先生と話してきた経験をもとに、まとめてみました。
フィンランドの先生の働き方
小学校の先生、高校の先生、幼稚園の先生、大学の先生……いろいろな方と話しましたが、先に結論から伝えると、僕が話してきた先生の8割近くは、午後4時ごろには家路についていました。
もちろん学校や役職によってもバラツキはあります。たとえばある中学校の校長先生は、「たしかにフィンランドでは、先生も午後4時までに帰る人が多い。でも管理職は仕事が多いから、私の帰宅はもう少し遅いのよね」と話していました。
一方で、こんな小学校の校長先生もいました。私が学校訪問をした平日に、「今日は有給でお休みだけど、子どもを連れて学校に来たんだ!」と、幼稚園に通うお子さんを連れて来ていました。その後「明日からは、家族旅行でスリランカに行ってくる」と、あとは他の先生に任せて学校から帰っていった校長先生。彼の働き方やライフスタイルには、大きな衝撃を受けました。
同じく校長先生という立場の人でも、絶対的な退勤時間が決まっているというわけではないようですが、全体的な勤務時間は、日本に比べてはるかに少ないです。日本教職員組合のデータでは、初等中等公立学校教員の1週間の労働時間は、日本が「61時間33分/ 週」に対して、フィンランドは「37時間36分/週」となっています。
実際に、私がホームステイした小学校の先生は、平均して14-15時ごろには家に帰ることが多かったです。
日本と異なる点の中で大きなポイントは?
重要な点は、なぜフィンランドでは先生が早く帰れるのか、逆に日本では先生の帰りが遅くなりやすいのはなぜか、ということではないでしょうか。
大きくは「仕組み」と「文化」の2つの要素があると、私は感じています。
まずは、仕組みについて。数え切れないほどの仕組みの違いはありますが、勤務時間に大きく影響する仕組みの違いは「部活動」でしょう。日本人が一般的にイメージするような部活動は、フィンランドにはありません。日本でも見かけることですが「地域の人がスポーツを教える」ことがより一般的です。
他にも、賛否両論はあるかもしれませんが、掃除はフィンランドの学校では清掃業者の人が担当する割合が、日本に比べると多いです(先生や子どもたちがまったく掃除をしないわけではありません)。
次に文化について。フィンランドの学校を訪れ続けて、一番驚いた文化は、「先生のプライベートの時間への尊重」です。顕著なのは、夏休みです。フィンランドでは夏休みが2ヶ月近くあり、先生もほぼ丸2ヶ月ほどの休暇が取れます(もちろん有給です)。驚いたことに、はじめの1週程度はメール対応などはあるものの、それ以降は基本的にメールチェックすらする必要はないそうです。電波もWi-Fiもない森のコテージで数週間過ごすこともよしとされています。
私の正直な感想は「もしも、夏休みの間に子どもに何かあったらどうするの?」でした。しかし、複数のフィンランドの保護者と話す中で見えてきたのは、「先生のプライベートな時間を邪魔しては悪いから、家庭のことは家庭で解決しないと」という意識でした。
実際のところ、この文化によって、困る人は存在するはずです。たとえばそれこそ、私自身もどうしても渡航するビザの関係で、校長先生に連絡を取りたいことがあったのですが、夏休みに入った校長先生とは数週間にわたり連絡がつながらず。なんとかムリに連絡を取ろうと試みるも、現地の方から「夏休みは連絡が取れないものだから、ムリに連絡しようとすると相手の負担になってしまうよ」と言われました。
実際に私自身は困り果てましたし、きっと夏休みに本当は先生と連絡を取りたいという、保護者や生徒もいなくはないでしょう。それでも先生が2ヶ月の夏休みを取れるのは、「休みの日に、仕事の話を持ち込むことはよしとされない文化」が背景にあると感じます。
これはフィンランド以外のヨーロッパ諸国やフィリピンの学校を訪れても感じることですが、その背景には、確実にキリスト教の影響があると思われます。「休みの日は休む」……一見当たり前に見えるこの言葉も、日本の文化とキリスト教が根底にある文化では、捉え方が大きく異なります。
日本に取り入れるには?
仕組みと文化の具体例としてそれぞれ、「部活」と「夏休み」をあげました。文化的背景が大きく異なる、海外の仕組みを取り入れることは、簡単ではありません。日本で先生が2ヶ月の夏季休暇が取れるようになることは、あまり現実的ではありません。
しかし日本にもお盆休みという文化はありますし、お盆も含めて2週間程度の夏季休暇を取れるような仕組みを作っていくことは、まだ現実味があるように感じます。
そのために、まずは保護者も先生も含めた子どもの教育に関わる人たちが「先生にだって、プライベートな生活があり、休む権利をもっている」「できることは保護者も地域も協力していく」という認識を広めていくことが大切だと思います。
「海外の教育を紹介したところで、人口も文化も違うのだから意味がない」という批判を受けることもよくありますし、たしかに取り入れにくものや、そもそも変える必要がないことが存在するのも事実です。
しかし、これはいいなと思える仕組みや文化があるとき、細分化して、少しずつ取り込んでいくことはできなくはないはずです。私は、これからも世界中の教育の情報を発信していきたいです。